ゆかりのひと
作家 三浦綾子(大正11年〜平成11年)
本道出身の作家で、旭川に在住していた三浦綾子は、『氷点』、『塩狩峠』などの作品で知られています。
昭和13年3月に旭川市立高等女学校を卒業してまもなく、本市の神威尋常高等小学校に代用教員として赴任しました。
戦時下における軍国主義の色濃い当時の小学校や歌志内のまちの様子が、作品「石ころのうた」のなかに描かれています。
昭和49年には、神威小学校開校70周年記念式典の折に来歌。また、同60年には神威尋常高等小学校当時の教え子らと45年ぶりの再会を「かもい岳温泉」で果たしました。最後の長編作品『銃口』には、自らの体験が色濃く反映されています。
▲公立神威尋常高等小学校教員時代の三浦氏 (昭和15年撮影:左の写真=右端が同氏、右の写真=右が同氏) 写真提供:三浦綾子氏
▲三浦綾子氏の履歴書(平成14年歌志内市立西小学校にて発見される・市郷土館所蔵)
昭和14年4月
(17歳)空知郡歌志内公立神威尋常高等小学校に教員として赴任。(3年生女子組を受け持つが、3週間後、異動により3年生男子組を受け持つ) 同年9月 職員の異動により1年生を受け持つ。 昭和15年4月
(18歳)代用教員から訓導(正規教員)となり、新1年生を受け持つ。 昭和16年4月
(19歳)神威尋常高等小学校文珠分教場へ転任し、2年生を受け持つ。 同年8月 退職。旭川市立啓明国民学校へ転勤。 昭和49年6月 神威小学校開校70周年式典参加のため歌志内市を訪れる。 昭和60年 神威尋常小学校同期会のため歌志内市を訪れる。
▲神威尋常小学校同期会のため当市を訪れた三浦綾子氏(右)と三浦光世氏(左)
(昭和60年・かもい岳温泉) 写真提供:今野辰子氏(市内在住)▼ 戦時中の小学校と三浦綾子(「副読本ゆめつむぎ昔話聞取集」より)
三浦綾子氏について
くわしくは、三浦綾子記念文学館ホームページでご覧になれます。